ofclayへの物語り

想いを自転車に乗せて  オブクレイの原型ともいえる天然温泉入浴剤ができたのは、実は50年以上も前の事です。創始者自らの手で製品を作り、自転車の荷台に積み込み、自ら一軒一軒の扉をたたき、温泉を語り、製品の効能をときはじめたのが、そのはじまりです。昭和36年当時、入浴剤というものは、これまでにない全く新しい商品でした。坂本九さんの「上を向いて歩こう」が巷で流行している頃です。高度経済成長の波はあるものの、一般家庭の生活水準はまだ低く、今まで見たこともない製品の推進活動は困難を極めました。佐分利清一59歳の夏。
創業は、一桶のタライから 創始者佐分利清一(故人)は、終戦間もない別府の地で、人々が心と身体の傷を癒しに温泉地を訪れるのを見て、「温泉という、この豊かな自然の恵みを、誰もが享受できるようにしたい。」と意を決しました。人生の岐路に立ち、研究着手から製品化までに費やした歳月は約11年。その間、妻恵美は清一を支え続けました。試行錯誤、悪戦苦闘の末の完成でした。そして、創始者は一桶のタライを使って製造を開始します。現在、そのタライは本社正面玄関に社宝として飾られていrます。
いのちに目覚める 奈良県、高取の地に生を受けた創始者は、剛直の気質にとみ、若くして会社経営を軌道に乗せ、壮年期には十指に余る企業を経営していました。特に鉱山業においては大きな財をなしたと伝えられています。ところが昭和25年、経営していた九州の鉱山で落盤事故が発生。人命が失われました。直接手を下さずとも、尊い命を失くしたことにかわりはない。遺族への賠償に充てる為に、経営する会社の全てを整理する決断をします。「いのち」の重みは大変な衝撃でした。事故を契機に、これまでの人生を大きく顧み、これからは「いのちを育む」事業を起したい。ゼロからの再起をひとり決意します。彼が47歳の時でした。
受け継がれる想い 佐分利清一が創業した会社は、従業員数55名に成長。創業50周年を目前に入社20年目を迎える社員がいました。もう一度自社製品について深く知りたい、温泉をもっと研究したい、別府温泉の恵みを肌身でしっかり感じてみたい。そんな想いを胸に温泉ソムリエの資格を取得。別府の地に10日間滞在し、88ヶ所の温泉を巡り、別府八湯温泉道名人となりました。温泉を探求すればするほど、創始者が研究を重ね、50年前に築きあげた製品原理の魅力に取り付かれていきました。これほど温泉学的にも理に適った「おうちおんせん」の原理が果たして他に存在するだろうか。創始者が岐路に立ち、人生を投じて創り出した製品を多くの方にお届けしなければもったいない、と一大奮起。その想いに共鳴する多くの協力者を社内外に得て、チームオブクレイが結成されました。佐分利清一が夢見た「大自然の恵みをご家庭にお届けすることで、笑顔あふれる社会を築きたい。」その想いは、そのまま「オブクレイ」のミッションとして受け継がれています。
このページのトップへ